ポムロル Pomerol

ボルドー赤ワインのメジャーな産地の中でも、比較的新しい歴史を持ち、格付けもなく、産地としての広さや、生産者ごとの栽培面積も小さいながらも、今やボルドーで最も高価なワインを産み出すアペラシオンとなったポムロル。

訪れたことのある方なら分かるように、あるのはブドウ畑だけ。シャトーと名がつくワイナリーでも、ポイヤックのような豪華なお城があるシャトーは殆ど存在せず、ワインを造る小屋と倉庫のような小規模な施設が建ち並び、先入観無しではここが世界中のワインラヴァーが憧れる、高級ボルドーワインの産地であることを忘れてしまいそうです。

ボルドーの右岸、ドルドーニュ川の北側に位置し、同じく右岸の雄であるサンテミリオンの北西隣に位置し、西には右岸のネゴシアンが集まる町リブルネがあります。

面積はお隣のサンテミリオンの約7分の1。シャトー毎の生産量も年産数万本程度の所が多く、シャトー・ル・パンなどの小さいところでは1万本に満たない場合も。ポイヤック等の上級シャトーでは数十万本クラスのシャトーも多いことからも、その規模の小ささがよくわかります。それに対して世界中の需要が膨らんでいるため、価格は市場原理でどうしても高くなります。

メドックやグラーヴ、サンテミリオンといった格付けもされていませんが、今や格付けなど必要ない程に個々のシャトーが評価されており、格付けが無いことが逆にポムロルの特別感を醸し出しています。

極上のメルローを育む、ポムロルの土壌

ポムロルの土壌は全般的には砂利混じりの粘土や砂。サンテミリオンのシュヴァル・ブランやフィジャックにほど近い、サンテミリオンとの境界近くのエリアは粘土質が多く、評価の高いシャトーはこの粘土質が多いエリアに数多く存在します。

また、粘土質の土壌の下には、「クラス・ド・フェール（鉄の垢）」と言われる鉄の酸化物があり、これがワインに厚みとトリュフを想わせる妖艶な香りをもたらします。

サンテミリオンでは粘土質の土壌にはメルロー、砂利の土壌にはカベルネ・フランが植えられることが多いですが、ポムロルでは砂利にもメルローが多く見られます。一部カベルネ・ソーヴィニヨンも見られますが、割合は非常に少なく、まさにメルローの楽園といった様相を呈しています。

メルローはカベルネ・ソーヴィニヨンに比べて、タンニンが柔らかく、果実味があることから、比較的飲みやすさがあります。その為、飲み頃に達するまでも早く、一般的なワインであれば5年程度飲み頃を迎えます。長期熟成を必要とするイタリアのバローロから、より早い段階から楽しめるように造るバローロ・ボーイズと呼ばれる生産者が出てきたように、こうした傾向は最近の消費者から受け入れられやすいのです。

もちろん、良年の一流シャトーのポムロルのワインは、30年ほども持ちこたえるワインが産み出されており、その両面を持つのもポムロルの魅力の一つです。

ポムロルの評価を飛躍的に高めた功労者、ジャン・ピエール・ムエックス

サンテミリオンと同様に、1855年の格付けでは無視される格好となったポムロル。左岸にあるボルドーの中心であるボルドー市から離れており、交通網が整っていない当時、メドックやグラーヴに比べて、ボルドーワインの一大消費国であるイギリスへの輸出は困難でした。

イギリス向けの輸出を最重視していたボルドーのブローカーでは、ポムロルやサンテミリオンのワインは取扱自体が殆どなかったようで、そうしたブローカー達が中心に制定された格付けでは、商売に繋がらないポムロルのワインは無視されてしまったという格好です。

1900年代に入っても、であるイギリス向けの輸出はもっぱら左岸のワインが中心で、ポムロルのワインはフランスの北部やオランダやベルギーなどが中心でした。そんな状況の中、ポムロルが持つ土壌とメルローのポテンシャルを信じて、その人生を捧げたのが、ジャン・ピエール・ムエックス氏です。

1913年に、ボルドーから北西に100kmほど離れたコルーズで産まれた彼は、貧しさの中幼少期を過ごし、20代の初めの頃リブルネにやってきました。そこでワイン商を始めたものの、メドックのワインを扱う貴族的な人々からは除け者扱いされ、人気の左岸のワインを仕入れることが出来ませんでした。そこで彼が取り扱ったのが、当時まだ人気の低かった、ポムロルやサンテミリオンのワイン。イギリスではなく、ベルギーやオランダをメインに商売をスタートさせます。

最初はワインを片手に一軒一軒家庭を回るような仕事でしたが、徐々に彼のポムロルワインが認められるようになり、1937年にはネゴシアンとして開業するまでになります。

第二次世界大戦終戦後は、ポムロルのシャトー・トロタノワ、シャトー・ラグランジュ、シャトー・ラ・フルール・ペトリュスを購入。1949年からは、当時既に高値で取引されるようになっていた、シャトー・ペトリュスの独占販売権を獲得します。

彼はこのペトリュスこそが、ボルドーで最高のワインであると強く信じ、1964年には遂に株の半分を取得（後に2000年には100％所有に）。既に所有していたシャトー・トロタノワと共に、1960年代、1970年代と素晴らしいワインを造り上げていきます。

その後1980年代に入ると、世界的ワイン評論家として頭角を表したロバート・パーカー氏が大絶賛をしたことから、ペトリュスを筆頭としたポムロルの人気が一気に高まります。その評価はメドックの５大シャトーに匹敵、もしくはそれを上回るものだった為、生産量の少なさも相まって、遂にペトリュスはボルドーで最も高価な赤ワインとしてその地位を築き上げていきました。また、生産量が1万本に満たないような非常に小さなシャトーであるシャトー・ル・パンも、パーカー氏が高評価したことがキッカケで価格が高騰し、こちらも５大シャトーを超える価格で取引されています。

ポムロルの弟分、ラランド・ド・ポムロル

サンテミリオンに衛生地区が存在するように、ポムロルの北にも似たようなエリアとして、ラランド・ド・ポムロルというアペラシオンが存在します。ポムロル同様にメルロー中心で、小規模生産者が多く存在します。ポムロルからはやや劣る品質なものの、生産量の少なさから価格もある程度高く、ポムロルが需要に応える生産量を確保出来ていない現状から、今後より注目度が高まっていくエリアだと思います。