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ニコラ・ジョリー

Nicolas Joly

もし世界中の全てのワイン生産者に「目標とするワインメーカーは?」という質問をしたら、ニコラ・ジョリーは、ブルゴーニュのルフレーヴやルロワなど超一流の生産者と並びトップ10に入るのではないでしょうか。

1980年代に「ビオディナミ」という画期的なブドウ栽培法を自畑に取り入れ、農薬や化学肥料に頼りテロワールから遠ざかっていた当時のワイン造りにアンチテーゼを唱えたフランス無名AOCのワインメーカー、それが若き日のニコラ・ジョリーです。

古都ロワールに生まれた天才


パリからTGVで約1時間。エクスカーション(小旅行)先として人気の小都市ロワールは、南仏を源流とし大西洋へそそぐ大河・ロワール川の豊かな水運に恵まれた肥沃な土地です。中世の王族や貴族は、美しい自然に囲まれたこの土地を愛し、川のほとりに優美な城を築きました。現在、その古城跡の一群は世界文化遺産に登録されています。

ロワール川の両岸は優良なワインを産出し、川の流れに沿って100ものAOCが点在しています。ロワールでは、変化に富む気候や土壌で育つブドウから白、赤、スパークリング、さらには貴腐まで様々なワインが生み出されます。

ロワールのワインは爽やかで飲みやすく人気がありますが、ボルドーやブルゴーニュと比べると、世界的な知名度の点では中程度です。しかしニコラ・ジョリーの登場で、ロワールは一躍世界に注目される産地に急成長します。

ユニークな経歴


ワイン生産者の中には有名大学を卒業していたり、ビジネスの最前線で活躍していた人が多いのですが、ここで紹介するニコラ・ジョリーもその一人でした。ニコラ・ジョリーはアメリカの名門コロンビア大学に学び、MBA(経営学修士号)を取得しました。その後アメリカやカナダの金融業界を渡り歩き、投資の専門家として活躍します。

ところが1976年、ニコラ・ジョリーは仕事を辞めてフランスに帰国し、母が運営していたワイナリーを継ぐという決断をします。傍から見れば唐突な転身にも思えますが、ビジネスで成功を収めたニコラ・ジョリーは、実家が所有する伝統あるブドウ畑に次のビジネスの可能性を見出したのかもしれません。

ビオディナミ理論をブドウ栽培へ導入した先駆者


ニコラ・ジョリーの実家はAOCサヴニエールの中にある最高区画「クロ・ド・ラ・クレ・ド・セラン」を単独所有していました。この畑は12世紀初頭にキリスト教シトー派により開拓された畑で、ニコラ・ジョリーの父親の代から所有しています。太陽王ルイ14世が訪れたという逸話があるほど由緒ある畑ですが、ニコラ・ジョリーを有名にしたのは畑の名だけではなく、彼が「ビオディナミ」という農法を採用し成功したことによります。

フランス語でビオディナミ、英語読みはバイオダイナミック。オーストラリア出身の思想家ルドルフ・シュタイナー博士が提唱した理論を発展させた農法で、化学的に合成された肥料や農薬に頼らず、その土地や環境が持つ力を最大限に引き出し、そこで育つ作物が本来持つ味を引き出す手法です。

自然を噛むようなワイン


ビオディナミに忠実なニコラ・ジョリーは、星や月の動きに従い調合した有機肥料をブドウ畑に撒いています。一部の人はこれを「魔術的だ」と敬遠します。殺虫剤や除草剤を排除する、化学肥料を使わない、動物に畑を耕作させる、自然酵母でブドウを発酵させる、澱引きを最小限にするなどの取り組みは、「自然のサイクルに寄り添いブドウを栽培したい」というニコラ・ジョリーの思いそのものであり、それほど特異なものではありません。

徹底したビオディナミ農法で栽培されたブドウを使い醸造したワインは、自然のエネルギーや生命力をそのままいただくような深い味がします。造り手によっては凡庸なワインになり得るシュナン・ブラン種を使用しているにもかかわらず、クレ・ド・セランは、濁った色、強烈なミネラル香、そしてシャープな酸味で飲み手を圧倒します。

開けてからも刻々と香り味わいを変えていき、はちみつ、アプリコットなどの濃厚な香りがグラスから溢れ、酸はブドウ本来の姿に戻るかのようにエレガントに変化します。コルクを開けてから数日経ってもブドウの生命力を感じます。

ニコラ・ジョリーのクレ・ド・セランは外観も味も一般的なワインとは全く異なりますが、しかしその違いに驚きながら飲み進めると、徐々にその滋味深い姿を感じられ、人間も自然の一部なのだと再確認させられるのです。

フランスの5大白ワインの一つ、クレ・ド・セラン


20世紀前半に活躍したフランスの偉大な料理評論家キュルノンスキーが選んだ「フランス5大白ワイン」があります。モンラッシェ(ブルゴーニュ地方)、シャトー・ディケム(ボルドー地方)、シャトー・グリエ(ローヌ地方)、シャトー・シャロン(ジュラ地方、別名:黄ワイン)、そしてクレ・ド・セラン。

それから約100年後、クレ・ド・セランは、ニコラ・ジョリーという天才醸造家を得て、さらに進化を続けています。