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    商品カテゴリ一覧 > ボルドー > メドック > メドック格付け > シャトー・デュクリュ・ボーカイユ

    シャトー・デュクリュ・ボーカイユ

    Chateau Ducru Beaucaillou

    シャトー・デュクリュ・ボーカイユの歴史


    それまでモーカイユ(=悪い砂利)という名前の畑で造られていたワインは、ベルジュロンと呼ばれていました。しかしそのワインの評価が高まったこともあり、畑名は真逆の意味が付けられていきます。

    1795年ベルトラン・デュクリュ氏がオーナーとなり自身の名前をワイン名に付け加えました。それまで畑自身の名前であった「ボーカイユ(=美しい小石の意味)」という名前から「デュクリュ・ボーカイユ」へと名前が変わりました。醸造施設の改修、畑の改良など、多くの投資を行った結果、クオリティーが劇的に向上し1855年のメドック格付け制定の際には第2級に選ばれました。しかしそれから約10年後にはこのシャトーを手放すことになります。

    その後、1866年にはナサニエル・ジョンストン氏が新しいオーナーとなりました。ジョンストン氏がオーナーとなってからは、精力的に新しい品種の研究やぶどうの病気への対処策が行われていきます。

    窃盗対策から、ボルドー液の開発に貢献


    畑の管理人であったアーネスト・デヴィット氏は当時横行していたぶどうの窃盗対策として、ぶどうの樹へ配慮した形で窃盗対策ができないか苦慮していました。そこでボルドー大学植物学教授、ピエール・マリー・アレクシス・ミラルデ教授と共同で研究を行い、緑色の硫黄銅溶液をぶどうの樹に散布していたところ、ぶどうの樹へ大きな被害をもたらしていたベト病が見られなくなったことを発見します。その後、この溶液に石灰を混ぜた「ボルドー液」の開発に成功するのです。

    元々、窃盗対策として始まったこの成功は自身のシャトーだけでなく多くのシャトーを救うことになる偉大な功績です。現在のエチケットのデザインもこのジョンストン家によるものです。しかし1929年世界的な不況はこのシャトーにも襲い掛かりシャトーを手放すことになります。その後、別のオーナーが所有するのですが、すぐに手放します

    現オーナーである、ボリー家による所有


    1941年現オーナー家でもあるフランシス・ボリー氏がこのシャトーを購入しました。その息子、故ジャン・ウジェーヌ・ボリー氏は実際にこのシャトーに住み、熱い情熱でぶどう栽培、ワイン醸造に向き合いました。

    また、フランスを代表する醸造学者エミール・ペイノー教授をコンサルタントとして迎え入れ抜本的な醸造の見直しを図るなど、あらゆる努力を惜しみなく行いました。そうした努力が実を結び、メドックで最も大きな尊敬を集めているワイン造りの一人と呼ばれています。

    1995年ヴィンテージからはセカンドワインとして「ラ・クロワ・ド・ボーカイユ」をリリース、更なる品質向上に努めています。ジャン・ウジェーヌ・ボリー氏死去後は息子で格付け5級、ポイヤックのシャトー・グラン・ピュイラコストに住むフランソワ・グザヴィエ・ボリー氏が運営していましたが、2003年よりその兄のブリュノ・ウジェンヌ・ボリー氏がオーナーとなっています。

    シャトー・デュクリュ・ボーカイユの特徴


    ぶどうは手摘みで行われるのですが、選果を畑で行うのです。これは珍しいことで、醸造所までの運搬中の僅かな時間でも粗悪なぶどうと健全なぶどうを接触させるのを防ぐためとの配慮からこうした作業が行われています。ボルドーとしては珍しく醸造所兼酒蔵庫の一部が建物の地下にあります。

    熟成のために使用するバリックは厳選した5社から仕入れており、コルクに関しても品質管理のために5社から仕入れています。また、不純物を取り除く作業「コラージュ」に関して卵白を用いるのですが、この卵は毎朝、農家から運ばれてくる有精卵のみを使用しています。

    セカンドワインの「ラ・クロワ・ド・ボーカイユ」ですが、そのエチケットが2009年ヴィンテージにサンプルデザインとして生産本数の一部のエチケットを変更。2010年ヴィンテージより正式エチケットとして変更されたのですが、現オーナー、ブリュノ・ウジェンヌ・ボリー氏はそのエチケットデザインを自身が大のミック・ジャガーのファンであるために、その娘で世界的なファッション&ジュエリーデザイナーであるジェイド・ジャガー女史に依頼したのです。

    時に第1級に迫る評価を受ける、スーパーセカンドの先駆け


    ワイン市場においてメドックの格付け銘柄の拘束を脱却して、他の第2級ワインよりも高値がつく地位を最初に確立したシャトーであり、いわゆる「スーパー・セカンド」の先駆けです。

    ロバート・パーカー氏は自身の書「ボルドー第4版」でも「多くの点で偉大なワインなのだが、細部への細やかな配慮、最高のぶどう、最高の樽だけが瓶詰を許される厳しい選別、そして保守的なぶどう栽培方法といったことのすべてが、このワインの成功に大きく寄与している。」と評価しています。

    故ジャン・ウジェーヌ・ボリー氏遺作となった1961、1966、1970、1973、1976、1978、1981、1982、1985、1995、1996、2000年ヴィンテージはメドック格付け第1級に匹敵するほどの出来と最大限の評価を得ています。

    しかし、1988〜1990年ヴィンテージの一部に関しては、このシャトーの古くなった醸造所兼酒蔵庫の断熱材から発せられたカビが原因とされる臭いの影響で低評価となっています。が、この施設は建て替えられ、その後のヴィンテージに関しては上記のような高評価を得ています。

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