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    シャトー・ラ・ミッション・オー・ブリオン

    Chateau La Mission Haut Brion

    オー・ブリオンのオーナー一家による所有。そして「ミッション(伝導)の説教者」と呼ばれた修道会による発展


    1540年それまでこの地を所有していたルイ・ドゥ・ルスタン氏よりアキテーヌの商人アルノー・ド・レストナック氏が購入したことから、この地が後に世界的なワイナリーへと変貌することになります。

    アルノー・ド・レストナック氏はほどなく結婚しますが、妻となったのはポンタック家から来たマリー・ドゥ・ポンタックという娘でした。お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、ポンタック家というのはあのシャトー・オー・ブリオンのオーナー家です。その後、ワイナリーは息子ピエール、その娘オリーヴ・ドゥ・レストナック婦人、カトリーヌ・ミュレへと引き継がれます。

    1664年カトリーヌ・ミュレはオリーヴ・ドゥ・レストナック婦人の遺志に従い、シャトーをラザニスト修道士会へ無償で譲りました。「ミッション(伝導)の説教者」と呼ばれたこの修道士会によって、畑はさらに拡大されていきます。

    当時ボルドーが属していたギュイエンヌのリシュリー知事や、ボルドーの大司教らは、ラ・ミッション・オー・ブリオンの味わいの虜になっており、「神が我々に酒を禁じていたとしたら、どうしてこんなにも素晴らしいワインができていただろうか。」と語ったと言われています。

    このようにラ・ミッション・オー・ブリオンは時の権力者に愛されてきましたが、時代のうねりに逆らう事はできず、18世紀のフランス革命の際に領地は全て国家に没収されます。

    アメリカでの拡販、一時はラフィット、ラトゥール、マルゴーより高値で取引も


    時は流れ19世紀、アメリカ、ニュー・オーリンズ州出身のシアペラ家がシャトーを所有することになりました。当主、セレスタン・シアペラ氏は出身国アメリカへの拡販に注力、その結果ラ・ミッション・オー・ブリオンは政財界やワイン通の間では欠かせない1本となりました。

    当時1918年ヴィンテージ、マルゴー、ラフィットは8フラン、ラトゥールは9フランで取引されていましたが、ラ・ミッション・オー・ブリオンはそれらよりも高い10フランで取引されていました。これより高値がついていたのはオー・ブリオンの14フランでした。

    ウォルトナー家による更なる飛躍。ラヴィル・オー・ブリオン、ラトゥール・オー・ブリオンも同時所有に。


    第一次世界大戦後の1919年、フレデリック・ウォルトナー氏がオーナーになった後のラミッション・オー・ブリオンは、その評価を更に高めていきます。

    フランスを代表するテイスターであったフレデリック・ウォルトナーは優秀なエノロジストでもありました。1926年には清掃が簡単な内側をガラスコーティングされた金属製発酵槽をどのシャトーよりもいち早く導入し、飛躍的にクオリティが向上します。

    また、ウォルトナー家は白ワインのシャトー・ラヴィル・オーブリオンを所有しており、当時最先端の醸造技術の導入を行ったのです。

    ウォルトナー家は自身のシャトーより目と鼻の先に位置していたシャトー・ラ・トゥール・オー・ブリオンのオーナー夫妻と深い交流があり、オーナーの死後はご主人を亡くしたマリー婦人のために、シャトーの運営を引き受けました。マリー婦人は感謝の意味で後にラ・トゥール・オー・ブリオンをウォルトナー家に無償提供しています。

    こうして、ウォルトナー家は「ラヴィル」「ラ・トゥール」「ラ・ミッション」これら3つのオー・ブリオンを所有することになりました。

    1974年にアンリ・ウォルトナー氏が死去、その後シャトーはフランソワーズ・ウォルトナーとフランシス・デワヴリン・ウォルトナーによって管理されていましたが、経営、管理を巡って一族間のもめごとが絶えず、結果的にこれら3シャトーを手放すことになりました。その後、シャトーを手放したウォルトナー家はアメリカへ渡り、カリフォルニア州ナパ・ヴァレーにてワイン醸造に携わっています

    シャトー・オー・ブリオンのオーナーによる買収


    1983年、シャトー・オー・ブリオンのオーナーであるクラレンス・ディロン社がウォルトナー家から3シャトーを買収します。現在はシャトー・オー・ブリオンと同じく、ディロン一族であるルクセンブルク大公国ロベール殿下が最高責任者としてシャトーの経営にあたっています。

    そもそも、「オー・ブリオン」という名はこの一帯の地名であり、元は同じシャトーであったのですが、いつしか分離し、それぞれがシャトー・○○○・オー・ブリオンと、独立したシャトーになっていました。

    それが、クラレンス・ディロン社がオーナーになることで一つに再集結することになりました。最高醸造責任者であるジャン・ベルナール・デルマ氏は直ちにラ・ミッション・オー・ブリオンをさらに進化させるために動きました。なんと、それまで在籍していた醸造スタッフを解雇したのです。

    ウォルトナー家所有の時代には金銭的な負担のため控えていた新樽による熟成を増やし、今やオー・ブリオンと同様に新樽100%です。また、メルローの栽培を45%まで上げ、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フランの栽培を下げたのです。

    その他にも新しい発酵場の建設、最先端の発酵タンクや機器の導入、新たな瓶詰めラインの設置などを行いました。また1991年、セカンドワインの位置付けとして「ラ・シャペル・ド・ラ・ミッション・オー・ブリオン」を設けたことにより、ラ・ミッション・オー・ブリオンのクオリティをさらに高めました。

    人身一新、最先端醸造技術の導入などを行い、シャトー・ラ・ミッション・オー・ブリオンは格付け1級シャトーに勝るとも劣らず、ヴィンテージによっては凌駕するほどのクオリティとなり世界的な評価を得るようになりました。

    シャトー・ラ・ミッション・オー・ブリオンの評価


    「今日のラ・ミッションは格付けされていないだけで、実質はあらゆる面でメドック第一級に匹敵する価値を持っている」「最大のライバル、オー・ブリオンよりもリッチさ、パワフルさでははるかに上をいく」など最大級の評価を得ています。

    また、ロンドンに本社を置く高級ワインの一大取引所「Liv-ex」が発表した、現在の取引価格に基づいたボルドー左岸シャトーの格付けでは、5大シャトー以外で唯一、第一級ランクに選ばれています。

    シャトー・ラ・ミッション・オー・ブリオンの特徴


    道1本挟んでシャトー・オー・ブリオンと向かい合うラ・ミッション・オー・ブリオンは、どうしてもオー・ブリオンと比較されがちです。しかも、元々それぞれの畑は区画ごとで両シャトーで交錯しており、それぞれの畑が沿うように広がっています。

    「優美なオー・ブリオン、豪快なラ・ミッション」と言われますが、これは株の密植具合も一つの要因と言われ、ラ・ミッションの株密度はヘクタール当たり約1万本で、オー・ブリオンの約8000本に比べて多く、これにより凝縮度が高くなっていると言われています。

    土壌に関してはラ・ミッションの方が若干粘土質が多く、醸造タンクはオー・ブリオンより少し小さめ。このことにより抽出を軽く、力強しっかりとした個性を活かしつつ、タンニンを丸くする醸造法を行っています。

    そうして造られたラ・ミッション・オー・ブリオンは30年〜50年も熟成可能で、飲み頃までに十分な忍耐が必要となる事から、「ワイン通のためのワイン」とも言われています。

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