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    商品カテゴリ一覧 > ブルゴーニュ > ブルゴーニュの注目生産者 > ミシェル・グロ

    ミシェル・グロ

    Michel Gros

    ヴォーヌ・ロマネの老舗グロ家の本家本元「ミシェル・グロ」


    ミシェル・グロの一族が、ワインの醸造を始めたのは1860年のこと。現在のミシェルは、本家の6代目に当たり、先祖直伝のワインの事業に取り組んでいます。

    グロ家の一族は、それぞれが独自のドメーヌを持ち、各自の個性に合わせたワイン造りをしています。「アンヌ・フランソワーズ・グロ」はミシェルの妹アンヌがフランソワ・パランと結婚して始め、弟は叔父グスタフから受け継いだ「グロ・フレール・エ・フィス」、そして「アンヌ・グロ」は従妹アンヌのドメーヌです。

    偉大な醸造家であった父ジャン・グロは、グロ家の単独所有している貴重な「クロ・デ・レア」を遺産により分割することがないように、他の特級畑リシュブールなどを他の兄弟に譲り、ミシェル・グロがモノポールのまま受け継ぎました。

    ミシェルは直系の後継者として、約160年前に事業を始めた初代アルフォンスが購入した屋敷に現在も居住しつつ、本家本元の「ミシェル・グロ」のドメーヌを牽引しています。

    偉大なる先代、5代目ジャン・グロによる大躍進


    1963年にミシェルの父ジャンは、彼の父親より受け継いだ「クロ・デ・レア」、「リシュブール」、「ヴォーヌ・ロマネ」の合わせて約4ヘクタールの土地で、新しく彼のドメーヌ「ジャン・グロ」をスタートさせました。

    名醸造家として名を残したジャンの成功の秘訣は、新しい畑を買い足して事業を拡大させただけではなく、「ヴォーヌ・ロマネ」や「ニュイ・サン・ジョルジュ」などの整備、そしてかつてのブドウ畑が森と化していたオート・コート・ド・ニュイ地区の「アルスナン」の再開発に取り組んだことだともいわれます。

    またブドウの栽培に関して、彼独自の革新的な方法を取り入れました。特徴的なのが、ヴィーニュ・オート・エ・ラルジュというブドウの木の剪定方法です。ブドウの木を高く育て、枝を広げた形で剪定するというやり方をオート・コート・ド・ニュイで取り入れました。今でもこのあたりでは、このような剪定方法を取っている畑が多くみられます。

    新しい技術の導入にも熱心で、いち早くブドウの栽培やワイン造りに当時最先端の機械技術を多く取り入れ、新技術の発展にも寄与しました。

    ジャンは68歳になった年のブドウの収穫を終えると、自分の畑を3人の子供たちに分け与え、醸造家の生活にピリオドを打ちました。

    ミシェル・グロの看板ワイン、モノポールのプルミエ・クリュ「クロ・ド・レア」


    ボーヌ市にあるブドウの醸造学校を卒業したミシェルは、父ジャンのドメーヌで働きつつ、その一方で22歳の若さにして、自身のドメーヌ「ミシェル・グロ」を興しました。1979年に父のブドウ畑からブルゴーニュ・オート・コート・ド・ニュイを醸造し、早くからワイン造りをスタートしました。

    ミシェルは、少しづつ自分の畑を購入し、事業の拡大を図っていきます。まず、ヴォーヌ・ロマネの「オー・レア」、「シャンボール・ミュジニ」、モレ・サン・ドニの「アン・ラ・リュ・ド・ヴェルジ」などです。また、父ジャンとともに再開発を行った「アルスナン」の丘に、新たに苗木を植えることによって、畑の再整備を進めていきます。

    1995年に父ジャン・グロの引退によって、それまで共同経営としてかかわってきたミシェルは、モノポールの畑であるヴォーヌ・ロマネの第一級「クロ・ド・レア」2.12ヘクタールをすべて受け継ぎました。ヴォーヌ・ロマネの屈指の畑と称される「クロ・ド・レア」は、ジャンとミシェルの絶え間ない努力の賜物なのです。

    この土地は、標高が240〜245mという平坦な土地で傾斜がありません。すべてが東南東向きで、太陽の光を十分に受けるという条件を満たしています。

    また、その他ニュイ・サン・ジョルジュの2区画とヴォーヌ・ロマネ1区画、ブルゴーニュ一区画も引き継ぎ所有地を大きく拡大させました。さらに、エカール家のGFAデ・ザルボパンが、ヴォーヌ・ロマネとニュイ・サン・ジョルジュの計3.5ヘクタール、続いてオート・コート・ド・ニュイの2.5ヘクタールの所有畑をミシェルに委託しています。

    ドメーヌ・ミシェル・グロのオリジナリティを打ち出した独自のラベル


    1999年よりミシェル・グロは、これまでのドメーヌ・ジャン・グロに似通ったデザインのラベルを、まったく新しい彼独自のものに変えました。父親のドメーヌの経営にも参画していたため、これまで敢えて類似したラベルを使用していました。

    ところが、実際はこのラベルの版権は印刷業者が持っていたため、他の醸造家たちも似通ったものを使用していて、ドメーヌの個性は表現できていないことに気が付きました。

    そのため、ミシェルは、彼のみが単独で所有している「クロ・デ・レア」の、1860年ころの版画を、ミシェル・グロのシンボルとして使用することに決めました。歴史のある老舗ドメーヌのみ許される伝統を誇示するラベルは、まさにミシェル・グロの世代交代を示す良い機会となりました。

    2番目のモノポール「フォンテーヌ・サン・マルタン」


    大成功を収めているモノポール「クロ・デ・レア」に続いて、彼の2番目となるモノポール「フォンテーヌ・サン・マルタン」のワインを、2014年からリリースしました。

    このオート・コート・ド・ニュイ地区のアルナスン村にある「フォンテーヌ・サン・マルタン」は、40年の歳月をかけてジャンとミシェル親子が丹精込めて育てあげてきました。

    東南東向きで、標高350〜390メートルにある7ヘクタールの土地。約800年前に創設された丘の下にあるシトー会修道院のシスターたちが運営していたブドウ畑は、19世紀末のフィロキセラ禍によって全滅し、その後は放置されたまま森と化していたものを、ジャンとミシェルが再生させました。

    この土地に注目したジャンが森を切り開き、ミシェルが1980年代に4ヘクタールにピノ・ノワール、残りの3ヘクタールにはシャルドネを植えるという根気のいる作業を続け、畑の再建、整備に努めたのです。

    ミシェルはこの土地を区画ごとに醸造し、30年にわたって注意深くすべてのブドウの木の状態を観察し研究を続け、あらゆるブレンドを試みてきました。

    かつて、作物の神が宿る場所と称された古い修道院を見渡すモノポールの畑から生み出される「フォンテーヌ・サン・マルタン」は、新しいミシェル・グロの挑戦として期待されています。

    ミシェル・グロの主要アペラシオン


    クロ・ド・ヴージョ グラン・クリュ
    ヴォーヌ・ロマネ プルミエ・クリュ クロ・デ・レア
    ヴォーヌ・ロマネ プルミエ・クリュ オー・ブリュレ
    ヴォーヌ・ロマネ
    ニュイ・サン・ジョルジュ
    シャンボール・ミュジニー
    ブルゴーニュオート・コート・ド・ニュイ

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