• $LAST_NAME$ $FIRST_NAME$様(保有ポイント:$POINT$)
    | 送料・配送・決済方法 | 会社概要 |
  •  
    ご注文の際の新規会員登録ですぐに使える500ポイントプレゼント中(ポイントについて)


















    商品カテゴリ一覧 > ボルドー > メドック > メドック格付け > シャトー・レオヴィル・ポワフェレ

    シャトー・レオヴィル・ポワフェレ

    Chateau Leoville-Poyferre

    サン・ジュリアン村のメドック格付け第2級シャトー。近年、安定して高い品質を保持しているサン・ジュリアンの雄。2009年には遂にパーカー100点満点を獲得し、ラスカーズを追随する存在感を見せてきています。気品と力強さを兼ね備え、長熟もできるコストパフォーマンスにも優れたお買い得シャトー。

    シャトー・レオヴィル・ポワフェレの歴史


    シャトー・レオヴィル・ポワフェレは、サン・ジュリアン村にある格付け2級のシャトーで、いわゆる《レオヴィル3兄弟(ラスカーズ、ポワフェレ、バルトン)》の一角です。元々、この三つのシャトーは一つの大きなシャトーでした。このシャトーの歴史は古く、シャトー・マルゴーやシャトー・ラフィット、シャトー・カロン等と並んで、メドックで最も古いシャトーに数えられます。

    歴史は1638年に始まります。このシャトーは、ジャン・デ・モイティが所有し、ポワフェレを含む広大なブドウ畑の丘を「モン・モイティ(モイティ山)」と呼んでいました。モイティ家は約100年間の長きに渡り、このモン・モイティを所有していましたが、1740年、モン・モイティは、婚姻などを通じてアレンクサンドル・ガスク‐レオヴィルの手に渡ります。

    アレクサンドルは、シャトーの改装や畑の改革を行い、拡大にも積極的でした。所有畑は120haになり、メドックで最大のシャトーとなりました。また、アレクサンドルは、モン・モイティからレオヴィルと改め、「シャトー・デ・レオヴィル」が設立されました。

    アレクサンドルがもたらした改革は、当時は斬新なもので、多くの生産者が奇妙な目を向けていましたが、今日では、彼の手法は当然の慣習として、多くの作り手が継承しています。その代表的な例は、品種のセレクトで、より小さなブドウを採用しワインの凝縮度を高めたり、オーク・バレル(樫樽)を採用し、ワインの熟成を行いました。これらの手法は、現在では、当然のこととして多くの生産者が行っていますが、アレクサンドルが苦悩の末生み出した手法でした。

    1775年まで、シャトー・デ・レオヴィルのワインは、アバディ、ラセズ、シュヴァリエ、モンバロンという異なった4つの名前で販売されていました。19世紀には、ヒュー・バルトンがシュヴァリエとモンバロンを取得し、1826年にシャトー・レオヴィル・バルトンを設立。アバディとラセズを含む残った畑は、当初の1/4になりました。

    1840年、ラセズはシャトー・レオヴィル・ラスカーズとなり、アドルフ・デ・ラスカーズが承継し、彼の兄妹ジーンは、アバディを継承し、娘がジャン=マリー・ポワフェレ・ド・セレスと結婚し、シャトー・レオヴィル・ポワフェレが誕生しました。

    メドック第2級への格付けから現在まで


    1855年の格付けで、ポワフェレは2級の格付けになりましたが、その後、ブドウ畑は長い間うどん粉病に悩まされ、1865年ポワフェレはラランド家に売却されました。

    1866年、ポワフェレはアーマンド・ラランドから養子であるエドワード・ロートンに引き継がれました。現在でもポワフェレのエチケットにはロートン家の家紋である「デミ・ウルフ」が描かれています。

    1920年には、ロートン家からクベリエ家がポワフェレを取得し、現在に至ります。クベリエ家は、ボルドーのワイン貿易商として約200年の歴史を持つ名門一族で、シャトー・ル・クロックやオーメドックのシャトー・カマンサック等を所有、運営しており、シャトーのオーナーとしても有名です。

    近年、ポワフェレは大きな改革を行いました。この改革は1979年にディティエ・クベリエが加わったことに端を発します。

    ディティエ・クベリエは、ボルドー大学のエミール・ペイノー教授に師事しました。ディティエはポワフェレにペイノー教授を招き、これにより、大規模な改革が始まっていきます。なかでも、最初の大きな改革は、ブドウの植え替えでした。20haのブドウを全て刈り取って、全て植え替えたのです、当然、何年も収穫量は激減しました。

    この改革の効果が表れたのは1982年のヴィンテージでした。しかし、当然収穫量は少なく、畑の大半の部分は事実上、休息していました。19年にも及ぶ、大改革でした。

    現在は、畑も拡大し、80haになり、カベルネ・ソーヴィニョン68%、メルロー25%、カベルネ・フラン5%、プティ・ヴェルド2%の栽培比率となっています。

    1994年には人気エノロジスト・ミシェル・ロランが加わり、更なる品質の向上に努めています。

    シャトー・レオヴィル・ポワフェレのワイン造り


    官能による品質試験も厳しく行っており、収穫の3週間前には、ディティエ・クベリエ、ミシェル・ロランとエノロジスト、マネージャー、セラーマイスターなどが、ブドウを味わい、分析結果に反映させ、収穫のスケジュールを立てます。

    選果は、バイブレーション・コンベアで行い、その後、粉砕前に光学ソーティングマシーンで2回目の選果を行います。27ある二重壁のタンクでプレ・ファーメーテーションを6日間行います。この工程で、徐々に色が出て、純粋なフルーツ香が明らかになっていきます。その後、56個あるステンレスタンクで発酵を行い、オーク樽で18〜20か月の熟成を経て瓶詰めされます。新樽比率は75%です。