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    商品カテゴリ一覧 > ボルドー > ソーテルヌ > ソーテルヌ格付け > シャトー・スデュイロー

    シャトー・スデュイロー

    Chateau Suduiraut

    シャトー・スデュイロ―の歴史


    16世紀、この地はアラール家がオーナーとしており、「ドメーヌ・ダラール」と呼ばれていました。1580年ニコラ・アラール女史は後にボルドー議会議員となるレオナール・ド・スデュイロー氏と婚姻しました。その際にこのワイナリーを婚姻の証とし、シャトー・スデュイローとなりました。その後、このシャトーは3代に渡り一族が守り抜いてゆくのですが、後継者問題の末、このシャトーはこの後、多くのオーナーの手を渡り歩くことになりました。

    1788年、アラール一族に仕えていたルイ・ギヨーム・デュロワ氏が引き継ぐことになりました。この時に現在のセカンドワイン「カステルノー・ド・スデュイロー」の由来となるシャトーに隣接するカステルノーの畑を取得したのです。デュロワ氏以後、1992年現オーナーが取得するまでにオーナーが9名も変わるという不遇の時代を過ごすのです。

    1992年、大手保険会社のアクサ社が所有者に


    1992年大手保険会社アクサ社がこのシャトーを買収します。アクサ・ミレジームというワイン投資会社を作り多額の資金力で既にメドック格付け第2級シャトー・ピション・ロングヴィル・バロンを所有、シャトーの改革に乗り出しました。

    当時、このアクサ・ミレジームの支配人として招聘した人物の影響でシャトー買収が可能となったとされています。その人物とはポイヤック村格付け第5級、シャトー・ランシュ・バージュのオーナー、ジャン・ミッシェル・カーズ氏です。

    ソーテルヌの格付けシャトーを手に入れたアクサ・ミレジームはピション・ロングヴィル・バロン同様、改革に着手するのですが、ここから数年不運に見舞われます。1992年は不作の年でセカンドワインの「カステルノー・ド・スデュイロー」しか造ることができませんでした(この1992年がカステルノー・ド・スデュイローのファーストヴィンテージです)。1993年もスデュイローは造ることができませんでした。1994年にようやくシャトー・スデュイローを造ることができましたが、15%ほどしかグランヴァンになりませんでした。1997年以降、一貫した高い酒質を維持することができるようになりました。また2004年、ソーヴィニヨン・ブラン主体の辛口白ワイン「S・ド・スデュイロー」が導入されました。

    シャトー・スデュイローの評価


    ロバート・パーカー氏は自身の書「ボルドー第4版」にて「間違いなくソーテルヌの偉大なシャトーの1つである。アクサによって買収されてからいっそう輝きを増し、一貫性も増した。このワインは最良の状態になるのに10年は必要だが、その後軽く30年はその状態を維持できるだろう。豊かな色はまさに香水のようで、退廃的なまでにリッチである」と評価しています。

    シャトー・スデュイローの特徴


    支配人ピエール・モンテギュは「スデュイローはソーテルヌの中で最も隣のバルサック的なワインである」と言います。そのワインには極上の酸と、潜在的なミネラルの風味があるからです。

    シャトー・スデュイローはプレニャック村特徴の非常にフルーティーなワインを産出する区画と、「シャトー・イケム」に似た甘味のワインを生むソーテルヌ丘陵の区画の両方を所有する、ソーテルヌ村とプレニャック村にまたがっている唯一のシャトーです。

    そのぶどう畑はそれぞれの地区で一番高い丘の頂上付近を占める第1級畑の多くと比べると、やや低い標高50mにあります。そのためここは、シャトー・リューセックやシャトー・イケムよりも成熟が遅い。例外としてイケム近くの少し小高い10haほどの小区画を所有しています。そこは数年間何も植樹されていませんでしたが、1998年、2004年に植樹が行われました。

    ぶどう畑の大部分が17世紀に建てられた館と庭園(この庭園は、パリのベルサイユ宮殿の庭も設計したというル・ノートルによる設計なのです)の周辺に広がっています。緩やかに起伏した畑には、いくつか盛り上がっているところがあります。グランヴァンのシャトー・スデュイローは盛り上がった小区画畑のぶどうが用いられ、低地の砂の多い小区画のぶどうからは、セカンドワインが造られます。

    アクサ・ミレジームの管理となってからは、選粒摘果は大幅に改善され、収穫もより遅くすることができ、そのため補糖の必要は全くなくなりました。平均収量も1992年以前の18〜22hl/haから、15hl/haまでに減少しました。ぶどうの収穫は、100人のスタッフで貴腐化したぶどうを選果しながら手摘みで行います。その他にも圧搾機の台数が増え、精密な熱交換システムも導入しました。それにより発酵中の樽の温度管理を、樽ごとにきめ細かく行うことができるようになりました。

    シャトー・スデュイローのぶどう畑全体でセミヨンが90%の栽培面積を占めますが、グランヴァンのブレンド比率ではさらに高く95%〜99%を占めます。2001年からは選果がさらに厳しくなり2000年までは収穫量の60%〜70%がグランヴァンに用いられていましたが、現在ではわずかに50%程度しか用いられません。

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