ユベール・リニエ

Hubert Lignier

ブルゴーニュワインの名産地モレ・サン・ドニ。特級畑が５つもあるこの村で世界有数の赤ワインを世に送り出している名門ドメーヌの一つが「ユベール・リニエ」です。1800年代の末にぶどうの栽培農家として誕生し、その後ドメーヌをつくり順調に発展を遂げてきましたが、2000年代の初めに後継者が若くしてこの世を去り、多くのファンが「ユベール・リニエ」の行く末を案じるという運命を経験しました。しかし今はローラン・リニエが５代目当主として運営し、世界的有名ブランドはしっかり守られています。

9ヘクタールの畑から生まれる24のワイン

「ユベール・リニエ」の歴史は1880年にジャック・リニエがぶどうの栽培を始めたことからはじまります。ぶどうの栽培農家としての事業は代々引き継がれて行き、1959年にユベール・リニエが当主になった時点で所有する畑は6ヘクタールに。そしてその後も広がり、1960年代には8ヘクタールにまで拡大しました。現在は９ヘクタールの畑から24のワインが作られています。

ドメーヌ設立は1970年代

栽培農家からドメーヌへの事業拡大は、ユベールの代で行われました。ドメーヌ「ユベール・リニエ」から送り出されるピノ・ノワールは、力強く個性的な味わいと評され、世界中の高級レストランや専門店からの購入希望が絶えないものとなりました。そして入手困難なブランドとして知られるようになったのです。

その勢いを得た中1990年代に入り、ユベールは当時まだ20代だった末息子、ロマン・リニエにドメーヌを継がせることにしました。それにより40歳近くも当主が若返り、ブルゴーニュ好きの間ではちょっとした話題になりました。

ロマンは、ユベールが創り上げたリッチで凝縮感が高く、新樽の香りが強というワインの特徴に微妙な変化を与えたいと考えました。それまでの「ユベール・リニエ」にバランスの良さを求めていったのです。その結果、力強さの中にもエレガントな世界が広がる独特のワインが生まれました。

その試みは大成功を収め、昔ながらの「ユベール・リニエ」を好んでいたマーケットだけでなく、世界中から新たなファンを獲得することとなりました。ロマンは若くして天才醸造家との名声を得ましたが、残念なことに2004年、病気により他界してしまったのです。まさにこれからという時に大きな苦難が訪れました。

「ユベール・リニエ」継承の行方は？

ロマン・リニエの死後、「ユベール・リニエ」では、畑やドメーヌの継承をめぐり、未亡人となったケレン・リニエと引退を撤回・復帰した先代当主であるユベール・リニエの間で対立が起こりました。対立の原因は、小さな村に米国人の若い妻が馴染めなかったことではないか？と言われていますが、双方にとっての事情や心情は複雑だったはずです。その一連の出来事は「まるでドラマのようだ」と語る人々もいるほどで、短い間とはいえエチケットが「ユベール・リニエ」と「リュシー・エ・オーギュスト・リニエ」の二つに分かれた時期もあったのです。

ですが、「ユベール・リニエ」が消えてしまうことはありませんでした。ロマンの兄であるユベールの長男ローランが当主となり、2007年からは、ケレンが相続したグランクリュ、クロ・ド・ラ・ロッシュの一部を始めとする1.5ヘクタールの畑から収穫される萄もユベールが受け取り、発酵醸造をユベールとローランが行うことになりました。その後2014年にはすべての畑が、「ユベール・リニエ」の元に戻り、継承の行方には一つの節目がつけられました。

2011年以降はぶどうの有機栽培に着手

故ロマンは、ぶどうの栽培にあたり、害虫の繁殖を農薬なしで抑制させるコンヒュージョン・セクシャルという方法や振動型選果機の導入などを行い、畑とぶどうの管理に力を入れていました。

また、発酵前に低温醸しを行いワインに新鮮な果実香をもたらすなどの新しい挑戦にも積極的でした。「ユベール・リニエ」にとって幸だったことは、ロマンの後を継いだローランが弟の志をさらに進めたことです。2011年からは全面的にぶどうの有機栽培に取り組むようになり、認定機関への申請も行いました。

また、ローランはそのほかにもさらに新しい試みに挑戦しています。例えば、畑を耕す深さを地表から５cm程度にとどめ、地中の生態系をできる限り破壊しないように努めたり、かつて栽培の効率を上げるために伐採した畑周囲の木々を植え直し、生物多様性に富んだ環境を造り上げようとしています。

醸造では、発酵前醸しをこれまでより長い６〜８日間行い、色乗りや香りの抽出に細心の注意を払い、樽に対するこだわりも新たにしました。これまでは特級畑50％、1級畑40％、ヴィラージュ30％だった新樽比率を、特級と1級合わせて30％、ヴィラージュ20％まで引き下げた一方、軽く長く焼いた樽を選択するなど、できるだけ自然な形でＡＯＣの特徴を際立たせるワインづくりを目指すようになったのです。

看板ワインを味わえるコテージもオープン

「ユベール・リニエ」の特級かつ看板商品は「クロ・ド・ロッシュ」と「シャルム・シャンベルタン」です。シャルム・シャンベルタンはマゾワイエール側にある僅か0.0845ヘクタールの極小の区画で収穫されたものですが、植えられている葡萄は1948年植樹というたいへん古いもの。年間生産量は僅か１樽（300本）という超稀少レア・ワインです。

「ユベール・リニエ」ではこれらのワインを、より特別なシーンで味わえるサービスを提供しようと、数年前にぶどう畑に隣接する19世紀の建物をコテージとしてオープンさせました。これもまたローランの発案によるものなのでしょう。

後継者問題を乗り越えた「ユベール・リニエ」は、これからがさらに楽しみなドメーヌといえるでしょう。